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横浜地方裁判所 昭和57年(行ウ)12号 判決 1986年2月19日

原告

乗田兵三

右訴訟代理人弁護士

松本泰郎

井上章夫

国井秀策

横浜地方法務局箱根出張所登記官

被告

矢田章

右指定代理人

細田美和子

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が別紙物件目録一記載の各土地につき昭和五七年三月三一日付でした所有権移転登記申請に対し、被告が同年四月二七日付でした却下決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  本件処分の経緯

(一) 原告は被告に対し、昭和五七年三月三一日、訴外亡趙碧(以下「碧」という。)所有名義の別紙物件目録一記載の各土地(以下「本件各土地」という。)につき、登記権利者を原告とし、登記義務者を碧とし、碧の相続人を訴外趙國章(以下「國章」という。)としたうえ、昭和一〇年一〇月二五日売買を原因とする所有権移転登記を申請した(以下「本件登記申請」という。)。

(二) 被告は原告に対し、昭和五七年五月六日、不動産登記法(以下「登記法」という。)四二条所定の登記義務者の相続人たることを証する書面(以下「相続証明文書」ということがある。)の添付がない旨の理由で、同法四九条八号の規定に基づき本件登記申請を却下した(以下「本件処分」という。)。

2  しかし、本件処分は、次のとおり、違法である。

(一) 本件登記申請には登記法四二条の規定は適用されない。

(1) 登記法四二条は、登記申請手続において、登記権利者と登記義務者の共同申請(同法二六条参照)の場合に適用される規定であるところ、本件登記申請は、原告の単独申請によるものであり、原告は同法四二条所定の登記権利者又は登記義務者の相続人ではないから、右規定の適用はないと解すべきである。したがつて、本件処分において被告が右規定を適用したのは違法である。

(2) 仮に、右主張が認められないとしても、原告は被告に対し、登記法三五条一項二号所定の登記原因を証する書面として確定した執行判決(大阪簡易裁判所昭和五一年(ハ)第二二二二号執行判決請求事件の判決正本)(以下「本件執行判決」という。)のある仲裁判断書(原告を申立人、國章を相手方とする土地所有権確認等請求仲裁審理事件につき、仲裁人佐原嘉六作成の昭和五一年一二月一三日付仲裁判断書)(以下「本件仲裁判断書」という。)を提出して本件登記申請をしたものであるところ、本件仲裁判断書には、確定判決と同一の効力があり(民訴法八〇〇条)、そのうえ本件執行判決がなされているので、登記義務者に関する相続証明文書の添付は不要である。したがつて、被告が相続証明文書が存在しないことを理由としてなした本件処分は違法である。

(二) 仮に、右主張が認められないとしても、原告は被告に対し、本件仲裁判断書、同執行判決に加え、中華民国官憲作成の同国六六年七月一六日付國章の戸籍謄本(写し)(以下「本件戸籍謄本」という。)及び同国官憲作成の公文(以下「本件公文」という。)、公証人作成の認証書謄本(写し)(以下「本件認証書」という。)、印鑑証明書(写し)(以下「本件印鑑証明書」という。)、僑務委員会華僑身分証明書(写し)(以下「本件身分証明書」という。)及び中華民国国籍証明書(写し)(以下「本件国籍証明書」という。)を提出し、碧は死亡し、かつ、國章が碧の唯一の相続人であることを明らかにしたにもかかわらず、被告が、本件登記申請に相続証明文書の提出がないとしてこれを却下した本件処分は違法である。

3  よつて、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1項の事実は認める。

2  同2項はいずれも争う。

三  被告の主張

1  登記法四二条の規定は、相続開始前に登記可能な権利変動が生じていたにもかかわらず、当該登記未了の間に登記権利者又は登記義務者の一方又は双方に相続が開始した場合、双方の相続人間又は一方の相続人と登記権利者若しくは登記義務者との間における登記の共同申請について適用されるものであるところ、登記義務者に対して登記手続を命ずる判決は、登記所に対する一定内容の登記手続を求める意思表示を目的とする給付判決であり、右意思表示を目的とする判決は、判決確定時にその意思表示があつたものとみなされる(民事執行法一七三条一項)結果、登記義務者の登記申請行為があつたものとみなされるのである。したがつて、判決による登記においても、登記義務者の申請行為は理論上は存在し、ただ現実の申請行為が登記権利者の単独の申請によるに過ぎないのであつて、実質的には共同申請がなされた場合と同視することができるのである。したがつて、判決による登記と共同申請による登記とは、現実の申請行為が単独か否かの違いがあるだけであつて、手続上は両者を区別すべき理由がないうえ、判決による登記の場合に登記法四二条の適用を排除する規定も存在しないから、判決による登記の場合にも、同条の適用があるものというべきである。

本件登記申請が登記義務者である碧の相続人國章を相手方とする本件仲裁判断書を提出してなされたからといつて、判決による登記申請の場合とこれを異にして解すべき根拠はないから、本件登記申請につき、登記法四二条を適用した本件処分には何ら違法もない。

2  更に、本件登記申請には相続証明文書が添付されていない。

(一) 相続証明文書は、登記申請人が登記義務者又は登記権利者(以下「登記義務者等」という。)の相続人であること及び当該登記申請人以外に相続人のいないことを証明するものでなければならないものというべきであり、そのように解することによつて、登記義務者等の相続人の利益が害されることなく、また、登記の真正が担保されることになるのである。

また、身分関係は、当事者がこれを自由に作出したり、処分をすることができないうえ、登記官は、原則として、登記手続上、提出された書面に基づいて右身分関係についての審査を行うのであるから、相続証明文書は、当該書面のみをもつて右身分関係を証明することができるものであることを要し、具体的には、権限ある官公署によつて作成された戸籍謄本等の身分関係の公証を目的とする文書であるか、又は、右文書に準じ、身分関係に関する記載がその真実性において戸籍謄本等と同等に評価することができる書面(以下、かかる書面も、「相続証明文書」という。)であることを要するものと解すべきである。

(二) なお、登記実務上、登記義務者の相続人を被告として登記手続を命じた判決については、当該判決理由中において、被告が登記義務者の相続人であり、当該被告以外に相続人がいないことが判断され、かつ、判決の記載自体からその判断に矛盾、不合理がなく、登記義務者の相続人全員が当該訴訟の被告になつていると認められる場合には、当該判決の写しをもつて、相続証明文書として取り扱つている。しかし、かかる取り扱いは、判決の場合には、高度に専門的な裁判官が厳格な法定手続に基づいて審理判断するのであるから、その判断も一般に真実に合致する蓋然性が高いと評価することができ、右判断に従つても事実を誤る危険性が少ないことから、戸籍謄本に準じ、相続証明文書としての適格性を認めているに過ぎないのである。

ところが、登記義務者の相続人に対して登記手続を命ずる仲裁判断は、登記権利者と登記義務者の相続人との間の登記手続請求権の存在を確定し、判決と同一の効力を有するものではあるが、右登記義務者とその相続人との身分関係までをも確定する効力はなく、たとえ、その理由中において、相手方とされた相続人が登記義務者の相続人であり、かつ、当該相手方以外に相続人がいないことに言及していたとしても、右理由中の説示は、仲裁人の判断を示すに過ぎず、何人をも拘束するものではない。

そして、仲裁判断は、権利関係について争いのある当事者間の契約に基づき、私人である仲裁人が行うものであり、仲裁人に特別の資格も必要なく、その判断のための手続も簡易であり、証拠調も仲裁人が必要と認めた場合に行われるに過ぎないから、かかる簡易な手続のもとで私人によつてなされる判断について、その理由中の判断についてまで真実に合致している蓋然性が高いということはできない。したがつて、仲裁判断については、判決の場合と異なり、戸籍謄本等と同等の評価を与えることはできず、これを相続証明文書として取り扱うことはできない。したがつて、本件仲裁判断書をもつて相続証明文書ということはできない。

(三) 執行判決は、仲裁判断に執行力を付与するためになされるものであり、執行判決を求める訴が適法であつて、仲裁判断に民訴法八〇一条所定の取消事由がない限り、仲裁判断の内容を調査することなく、直ちに判決しなければならないものである。

したがつて、本件執行判決もまた、本件仲裁判断書の理由中の判断につき、その当否を調査していないし、また、当事者の身分関係についても何ら判断をしていないのであるから、相続証明文書に該当しないことは明らかである。

(四) 原告が本件登記申請に際して提出したとされる本件戸籍謄本、同公文、同認証書、同印鑑証明書、同身分証明書、同国籍証明書は、いずれも、次のとおり、相続証明文書には当たらない。

(1) 本件戸籍謄本(甲第七号証の二)は、中華民国における國章の戸籍謄本であるとされるが、同書面は不鮮明で、その大半の記載が判読不可能であつて、戸籍謄本であるか否か不明であり、仮に戸籍謄本であるとしても、國章の身分関係についていかなる内容の記載があるか不明であるから、相続証明文書たり得ないことは明らかである。

もつとも、原告は、本件戸籍謄本と中華民国官憲作成の同国七二年二月九日付戸籍謄本(甲第八号証)(以下「本件七二年戸籍謄本」という。)との記載内容が同一である旨主張するが、仮にそうであるとしても、右各書面の記事欄には、養父趙欣伯、養母趙碧、養父母ともに死亡、趙國章は右養父母のただ一人の養子であり、養父母に実子がない旨の記載があるが、國章の戸籍謄本であれば当然記載されるべき養子縁組のなされた具体的年月日の記載がないうえ、養父母の死亡についても死亡の場所、日時の記載がなく、単に(歿)と記載されているに過ぎず、実子、養子の有無についても右のごとき極めて簡単な記載があるに過ぎない。このような不十分な記載によつては、國章と碧の身分関係さえも真実に存在したか否かは不明であり、右記載に対応する欣伯、碧の記載を対照することなく、同記載が真実であるとすることは到底できない。したがつて、本件戸籍謄本又は同七二年戸籍謄本をもつて相続証明文書ということはできない。

仮に、本件戸籍謄本又は同七二年戸籍謄本の前記記載が真実であるとしても、法例二五条によれば、相続は被相続人の本国法によるものとされるところ、碧は、右各謄本の記載によれば、満州国の国籍を有していたことになるが、同国は現在消滅しているから、碧の相続に関し、その準拠法を決定するには、同人の死亡の年月日、その場所等が明らかにされなければならない。しかるに、右各謄本には、その点の記載は全くないから、結局、碧の相続に関する準拠法を決定することはできないこととなり、右各謄本をもつて相続証明文書であるということもできないことになる。

なお、碧の死亡に関し、仮に本件仲裁判断書が正しいものとすれば、碧は、一九六〇年二月三日、吉林省広州市に居住していたが、広州第一病院で死亡したということであるから、碧が中国本土に居住し、中華人民共和国政府の支配下にあつたことになり、同人の相続に関する準拠法は同共和国法であるとされる可能性が高く、そうであるとすれば、碧の相続に関し、原則として、同共和国政府の証明が必要であり、中華民国政府の証明では足りないものといわざるを得ない。

(2) その他の本件登記申請において提出された資料のうち、本件認証書については、仮に、その成立が真正であるとしても、委任状に記載されている國章の署名、捺印が同人のものに相違ない旨を証明したものに過ぎないし、本件身分証明書については、仮にその成立が真正であるとしても、國章が華僑の身分を有することを証明したものに過ぎないし、本件国籍証明書については、仮に、その成立が真正であるとしても、國章が中華民国国籍を有することを証明したものに過ぎず、いずれも碧の相続に関するものではなく、その他に同人に関する相続証明文書は添付されていない。

3  更に、登記官は、前記の形式的審査権を有するが、その審査対象は、形式的要件にとどまらず、実体的要件についても審査し得るが、その審査にあたつては、当事者の提出した書面、関係登記簿等に限定されるという審査の方法に一定の制約が存するものといわれている。しかし、不動産登記制度が、不動産取引の安全に資することを一つの制度目的としているのであるから、可能な限り真実の権利関係が登記上に実現されることが望ましいことはいうまでもないから、たとえ、当事者の提出した関係書類から当該登記申請が不実であることが判明しない場合でも、公知の事実あるいは登記官が職務上知り得た事実に照らし、当該登記申請の真実性に疑問が認められるときは、当該登記申請は却下されるべきものといわなければならない。したがつて、登記官は、前記形式的審査権の下においても、公知の事実あるいは職務上知り得た事実をも、登記申請の適否を判断するための審査資料に供し得るものというべきである。

ところで、本件各土地のほか、碧の所有名義となつている別紙物件目録二記載の各土地(以下右全土地を「本件一、二土地」という。)があり、これらの土地については、かつて、同人の相続人と称する者らから、何度も相続登記の申請がされ、相続証明文書の添付がないとして却下し、右却下処分の取消訴訟が四件提起されたが、いずれも、請求が棄却されている。これらのいずれの場合にも、碧の相続人と称する者らは、各々、自らが正当な承継人であると主張し、これに副つた趣旨の中華民国官憲作成の戸籍謄本その他の相続証明に関する文書が提出され、その信憑性は右の裁判においても排斥されているのである。このことはしばしば新聞にも報道されている。したがつて、碧の相続に関する限り、中華民国官憲作成の相続証明に関する文書はその内容の信用性に疑問を抱かざるを得ないのである。そこで、本件一、二土地を管轄する法務局としても、碧の相続人と称する者からの相続登記申請に対し、慎重に対処すべく、当該管轄法務局出張所の登記官に従前の登記申請の内容等を周知せしめてきたものである。

そこで、本件登記申請においても、登記官が、右職務上知り得た事実をも考慮し、本件戸籍謄本等の添付資料を検討した結果、いずれも相続証明文書とは認めるに至らなかつたものである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1項は争う。

2(一)  同2項(一)は争う。

登記法四二条は「その身分を証するに足りる書面」でもよいとしているのであり、相続証明文書というためには、左記の事実が権威ある政府機関により公証されていれば足りるというべきである。

(1) 被相続人死亡の事実

(2) 相続人が被相続人の相続人である事実

(3) 他に被相続人に相続人が存在しないこと

(二)  同項(二)は争う。

本件仲裁判断書において、仲裁人佐原嘉六は、登記義務官たる碧の相続人國章に対し、登記手続を命ずる仲裁判断をし、右判断は、本件執行判決の確定により、不可争力を生じ、何人も右判断に反する事実を主張することが許されなくなる(民訴法八〇一ないし八〇四条、殊に八〇四条二項参照)のであるから、仮に真正な権利者が他に存在しているとしても、もはや右判断を争うことはできなくなつたものというべきである。

(三)  同項(三)は争う。

執行判決をなすにあたつて、裁判所は、民訴法八〇一条所定の取消理由が存在するときは、執行判決をなすことができないのであるから、大阪簡易裁判所が、本件仲裁判断書の前記判断を容認して本件執行判決をした以上、右取消理由がないことを消極的に判断したものというべきであり、少なくとも、本件登記申請の際被告に提出された本件戸籍謄本等の前記各書面を審査し、その偽造の有無を調査したうえ、右各書面を虚偽の文書でないとしたものというべきである。そして、本件執行判決確定後は、仲裁判断の取消しの訴えも許されない(民訴法八〇三条)のであるから、本件執行判決の右各書面の真正に対する判断はもはや何人も争えないものである。したがつて、本件執行判決は、右各書面を証拠として、國章が碧の唯一の相続人であることを認定しているのであるから、相続証明文書ということができる。

(四)  同項(四)は争う。

(1) 本件戸籍謄本は、前記のとおり、大阪簡易裁判所によつて真正な戸籍謄本であると認められたものであるのみならず、日本語の訳文も添付され、これとあわせて見れば、判読も容易であり、被告も、本件登記申請の際、本件公文とともに本件戸籍謄本を審査するにあたつて、これらの書面を不鮮明で判読できない旨の補正指示はしていなかつたものである。

なお、本件戸籍謄本の記載内容は、本件七二年戸籍謄本の記載内容と同一であるところ、被告は、仮に右記載が同一であるにしても、記載自体不十分である旨主張するが、本件戸籍謄本によれば、欣伯及び碧は満州国籍を有し、その養子である國章も同国籍を有していたことが推認され、同国法に基づき、欣伯らの戸籍には養子縁組の記載があつたことが窺われるのであり、満州国が第二次世界大戦の終了を機に消滅した結果、同国人の戸籍は不明となつている現状であり、しかも、中華人民共和国政府と中華民国政府と二つの政府が存し、後者は現在台湾に移つているという情勢の下では、中華民国が旧満州国人について戸籍を作成する際、本人の申告等に基づいて作成せざるを得ず、詳細な事実まで記入することができず、戸籍謄本として、本来要求される様式を欠いていたとしても無理からぬものがあるといわざるを得ない。したがつて、右のような特段の事情の下に、中華民国法に基づいて作成された本件戸籍謄本は相続証明文書であるというべきである。

また、被告は、仮に、本件戸籍謄本の記載が事実であるとしても、右記載では、碧の相続に関し、準拠法を決定することができない旨主張するが、法例二五条によれば、相続は被相続人の本国法によるとされるところ、中華人民共和国と中華民国とのようないわゆる分裂国家については、先ず、法例二七条三項が類推適用されるべきであり、旧満州国人のうち、前者の支配下にあるものについてはその国法が、後者の支配下にあるものについてはその国法が適用されるべきである。中華民国が碧を同国民であると認めていることは、本件戸籍謄本において、碧が國章の養母であることに言及し、本件公文において、國章と碧との関係に同国民法一〇七七条、一一四二条を適用していることから明らかである。したがつて、碧の相続に関する準拠法は中華民国法であり、同国官憲が同国法に基づいて作成した本件戸籍謄本等の前記各書面が添付されている以上、相続証明文書の添付に欠けるところはないのである。

(2) 同項(二)(2)は争う。

本件認証書、同印鑑証明書、同身分証明書、同国籍証明書は、國章が中華民国国籍を有すること等の同人に関する身分を証する書面であり、いずれも同戸籍謄本、同公文と相俟つて、國章が碧の唯一の相続人であることを明らかにするものである。

3  同3項は争う。

登記官は、登記申請人の提出した書面及び関係する登記簿の記載のみに基づき、形式的要件に限つて審査することができるにとどまり、当該書面の成立並びに同書面の記載内容の真偽及び登記原因に関する契約その他の実体的要件につき、審査し判断することは許されないものといわなければならない(形式的審査主義が通説である。)。

また、被告は、本件一、二土地をめぐり、碧の相続人と称して、数名が相続登記の申請をし、これに関する訴訟も四件に及んでいる旨主張するが、本件訴訟は、確定判決に基づき、本件処分の取消しを求めるものであり、前記四件とは全く本質を異にしているから、これらの訴訟において請求が棄却されたとしても、本件訴訟とは何ら関係のないものであるのみならず、中華民国政府が欣伯及び碧の子と認めたのは國章だけであり、その他の自称相続人に対しては国籍証明書を発行していないのである。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が被告に対し、昭和五七年三月三一日、碧所有名義の本件各土地につき、登記権利者を原告、登記義務者を碧、碧の相続人を國章として、本件登記申請をしたこと及び被告が原告に対し、同年五月六日、登記法四二条所定の相続証明文書の添付がない旨の理由で同法四九条八号に基づき、本件登記申請を却下したことは当事者間に争いがない。

二原告は、本件登記申請は、確定した執行判決のある仲裁判断による登記の申請であるから、原告の単独申請であり、原告は登記法四二条にいう登記権利者又は登記義務者の相続人でないから、同条の適用がない旨主張するので、判断する。

登記法は、物権の変動(同法一条)を登記簿に記載してこれを公示し、取引の安全と円滑を図ることとしたうえ、権利変動の当事者が共同して申請する(同法二五条、二六条一項)とともに、法定の書類を提出させる(同法三五条)ことによつて登記の真正を保持し虚偽の登記を防止しようとしているのである。そして、不動産についての物権変動が生じた後、その登記前に当事者の一方又は双方が死亡した場合には、その相続人の有した権利を行使し、又は義務を履行することとなるが、この登記権利者又は登記義務者の相続人が登記申請人となつて被相続人の有していた登記請求権を行使し、又は登記義務の履行として登記を申請する場合には、申請書に当該申請人が被相続人の相続人であることを「証スル市町村長若クハ区長ノ書面又ハ之ヲ証スルニ足ルヘキ書面ヲ添付スルコトヲ要ス」(同法四二条)るのであり、かかる相続証明文書を添付しない登記申請は、「申請書ニ必要ナル書面ヲ添付セサルトキ」(同法四九条八号)に該当し、却下されることになる。

しかし、登記義務者が右登記申請に協力しない場合には、登記権利者は、民法四一四条二項但書の規定により、登記請求権に基づいて登記義務者に登記手続を命ずる給付の確定判決を得たうえ、民事執行法一七三条一項、登記法二七条の規定により単独で登記を申請することができることになるが、この場合でも、判決の確定によつて登記義務者の登記申請の意思表示が擬制される(民事執行法一七三条一項)に過ぎないから、右判決が登記義務者の相続人に登記手続を命ずるものであるときには、登記権利者は、右判決によつて単独で登記申請をすることができるというにとどまり、右申請にあたつては、登記申請の意思表示を擬制された相続人につき、登記法四二条の規定によつて登記義務者の相続人であることを証明する相続証明文書を提出することが必要であるものといわざるを得ない。

したがつて、確定した執行判決のある仲裁判断が登記義務者の相続人に登記手続を命じている場合にも、登記権利者は、民訴法八〇〇条、八〇二条一項、民事執行法一七三条一項、登記法二七条によつて単独で登記申請をすることができるが、この場合にも、右相続人が登記義務者の相続人であることを証明する相続証明文書の添付が必要であることは明らかであり、原告の前記主張は採用することができない。

三原告は、本件仲裁判断書又は本件執行判決は國章が碧の相続人であることを証明する相続証明文書である旨主張するので、判断する。

登記権利者が登記請求権に基づいて登記義務者の相続人に登記手続を命ずる給付の確定判決を得ても、当該判決は登記義務者とその相続人との間の身分関係の発生、変動、確定等につき何らの効力をも生ぜしめるものでないことが明らかであるから、右確定判決が直ちに相続証明文書、すなわち登記法四二条にいう登記義務者と相続人との「身分ヲ証スルヘキ書面」に当たるということはできない。

しかし、登記実務上、右判決理由中において、被告が登記義務者の相続人であり、当該被告以外に相続人の存しないことが判断されており、右判断に矛盾、不合理のない場合には右の相続証明文書として取り扱われていることは被告の自認するところであるが、欠席判決又は裁判上の和解において登記義務者の相続人である被告に登記手続が命じられているような場合には、登記権利者は単独で右判決又は和解調書によつて登記申請をすることができるが、欠席判決又は和解の場合には、当事者の恣意によつて、登記義務者とその相続人との身分関係などについても歪められる余地のあることは否定し得ないので、この場合には、登記実務上、右判決又は和解調書は相続証明文書として取り扱われず、登記法四二条の規定に基づき登記義務者の相続人についての相続証明文書の提出を要求されていることは裁判所に顕著な事実である。

ところで、仲裁判断は、「当事者カ係争物ニ付キ和解ヲ為ス権利アル場合ニ限リ」許される(民訴法七八六条)に過ぎないから、<証拠>によれば、本件仲裁判断書理由中において、「相手方である國章が唯ひとりで碧の遺産を相続せる者であることは一点の疑うべき筋もなく、之を正当であると、当職は認めざるを得ない。」旨説示されていることが認められるが、右説示によつて國章が碧の唯一の相続人であるとの身分関係までが確定されるものでないことは明らかである。そして、<証拠>によれば、本件仲裁判断書の主文には、「別紙物件目録三記載の土地(以下「本件三土地」という。)が申立人(本件の原告)の所有であることを確認する。相手方は申立人に対し、右土地につき昭和一〇年一〇月二五日売買による所有権移転登記手続をなし、かつ、これを引き渡せ。」と記載されているが、同仲裁判断書には右土地の範囲を特定するための図面も添付されていないこと、また、同土地の引渡し及びこれが移転登記請求権の発生要件事実である申立人である原告と碧との間の同土地の売買契約に関しても、その理由中において、「売買金額及びその弁済方法等に関する取り定めは、核土地全部を申立人のために所有権移転登記完了するときに、当事者間で契約成立時の時価相場を考慮に入れて和解する旨の約定が為されていることが当事者間に争いがない以上、昭和一〇年一〇月二五日付で売主である碧と買主である申立人との間で売買契約が成立した、それも有効であると認められる。」旨説示していること、そのうえ、奇異なことに、わざわざ、理由中において、本件仲裁判断書による登記申請については執行判決を要しない旨説示していることが認められる。

右認定事実によると、本件仲裁判断書は、本件一、二土地を含む本件三土地の引渡しを命ずる部分は土地の範囲が特定していないことになり、また、同土地の引渡請求権及び移転登記請求権の発生要件事実である売買契約についても、代金額は未だ定まつていないことになり、更に、仲裁判断と執行判決との関係についても理解を欠いているという極めて杜撰な仲裁判断であるということができるのみではなく、更には、原告らは、仲裁判断が確定判決と同一の効力のあることに着目して仲裁判断手続を利用し、ほしいままに本件一、二土地を含む本件三土地についての登記簿上の碧の所有名義を原告に変更するために、原告と國章との間に仲裁契約が締結され、本件仲裁判断がなされたのではなかろうかとの疑問さえ生ずる余地もある。そうすると、本件仲裁判断書の理由中の國章が碧の唯一の相続人である旨の前記判断についても、登記手続上、裁判官の判決書と同様の取扱いを受け得ないとしてもそれはやむを得ないものといわざるを得ない。

更に、執行判決は、通常の民事訴訟事件の判決と異なり、私法上の権利義務、法律関係の存否について公権的な判断をするものではないから、本件執行判決をもつて、直ちに相続証明文書とは認め難いのみならず、<証拠>によれば、原告は碧の相続人國章を被告とし、本件仲裁判断につき、大阪簡易裁判所に執行判決請求の訴えを提起し、原告の主張事実は被告によつて全く争われることなく、本件執行判決がなされ、しかも、同判決の理由中においても、國章が碧の相続人であるか否かについては全く触れられていないことが認められる。

したがつて、原告の本件仲裁判断書又は本件執行判決が相続証明文書である旨の主張は採用することができない。

四原告が本件登記申請にあたり、本件戸籍謄本、同公文、同認証書、同印鑑証明書、同身分証明書及び同国籍証明書を提出したことは当事者間に争いがないところ、原告は、右書面は、碧が死亡し、かつ、國章が碧の相続人であることを証明する登記法四二条の相続証明文書に該当する旨主張するので、検討する。

1  本件戸籍謄本(甲第七号証の五)について

<証拠>によれば、本件戸籍謄本は中華民国官憲作成の中華民国六六年七月一六日付戸籍謄本の写しであることが認められるが、その複写が不鮮明なため、記載内容の大部分が判読し難く、右謄本をもつて、相続証明文書とは認めることができない。

2  本件公文(甲第九号証)について

本件公文は、中華民国内政部部長作成名義の文書部分(以下「内政部長文書」という。)の写し、本件戸籍謄本とほぼ同じような形式の中華民国官憲作成名義の同国六六年九月一六日付戸籍謄本の写し部分(以下「六六年九月一六日付戸籍謄本」という。)及び内政部公文と題する日本語訳の写し部分(以下「内政部公文訳文」という。)と同国六六年九月一六日付戸籍謄本の日本語訳文と思料される文書の写し部分(以下「戸籍謄本訳文」という。)とから成つているので、右各文書について検討することにする。

先ず、内政部長文書については、同文書の趣旨からして中華民国内政部長が職務上作成した文書であると認めることは困難であり、また、六六年九月一六日付戸籍謄本もまた、不鮮明であつて、これを正確に判読することは困難であり、更に、戸籍謄本訳文は、作成名義に関する立証がないうえ、六六年九月一六日付戸籍謄本と照合しただけでも、同謄本部分の正確な訳文ではないことが明らかであるから、本件公文をもつて、登記法四二条所定の相続証明文書とは認めることができない。

仮に、内政部長文書が同部長によつて職務上作成された公文書であり、また戸籍謄本訳文の成立が認められるとしても、右各文書の内容には次のような疑問がある。

(一)  内政部長文書には、「趙欣伯趙碧確実死亡」の証明として、戸籍謄本に「養父趙欣伯(歿)養母趙碧(歿)」と記載されていることから明らかである旨記載され、戸籍謄本訳文にもその旨記載されていることが認められる。

しかし、中華民国戸籍法(民国二四年一二月一二日国民政府公布)(以下「法」という。)、同法施行細則(民国三五年六月二一日行政院公布同日施行)(以下「細則」という。)によれば、戸籍についての死亡の登記(法五条二号(二)、二六条)にあたつては、当事者の所在地の戸政事務所に対し(法三八条)、死亡者の姓名、出生別、出生年月日、本籍、職業、死亡又は死亡推定日、死因及び死亡地を記載した申請書(細則一八条六号)及び証明文書(一九条一項三号)を提出して行い、同証明文書副本は戸政事務所で保存する(一九条三項)ものとし、また、戸籍の登記事項は、戸籍登記簿の関係のある欄又は関係のある戸内に登記することを要し、特に除籍、死亡等の場合には、戸籍登記簿に赤線をもつて抹消し、その事由及び期日を明記する(細則二九条)旨定められているが、内政部長文書及び戸籍謄本訳文によつても、碧の死亡年月日と場所さえも明らかではない。

(二)  内政部長文書中の「趙國章確為趙欣伯趙碧夫婦之唯一継承人」の証明に関し、中華民国民法一〇七七条、一一四二条所定の養子に関する規定によつて自ら処理することができる旨記載されているに過ぎないことが認められるから、右記載は単に中華民国における養子の法的地位についての法的見解に過ぎないと解する余地もある。そのうえ、中華民国では、法によれば、養子の場合には、収養の登記が必要であり(同法二四条、四七条)、この場合には収養人は被収養者の姓名、出生別、出生年月日、原本籍、実父母の姓名、収養人の姓名、本籍等を記載した申請書(細則一八条四号)及び右証明文書(同一九条五号)を戸政事務所に提出し、他方、収養による除籍の登記をすることを要し(法二〇条一項三号)、この場合には、前記のとおり戸籍登記簿は赤線をもつて抹消し、その事由及び期日を明記する(細則二九条一項)ことになつているが、内政部長文書及び戸籍謄本訳文には、國章が趙欣伯、趙碧の養子となつた年月日及び収養の登記がなされた年月日、また、國章が実父母の戸籍登記簿から除籍された年月日さえも不明である。

(三)  更に、戸籍謄本訳文には、國章は民国二二年一〇月一三日出生、同二四年の時点で養父趙欣伯養母趙碧に共同養育されていた旨記載され、更に、國章は民国六六年一月一二日馬端材という実父母に命名された氏名で設籍登記申請をし、同月一八日その旨の登記がなされ、同年三月一四日登記が錯誤によるとして更正され、國章名義の設籍登記がなされた旨記載されていることが認められるが、右記載が真実であるとすれば、生後間もなく養子になつた者が四十余年後においても、なお父母から命名された氏名を使用していたことになる。

(四)  戸籍謄本訳文には、趙碧(原住前満州国奉天市常盤町四番地)と記載され、右「原住」につき、戸長変更及び全戸動態記事欄には「香港」と記載されていることが認められるから、戸籍謄本上は碧は満州国から移転し、死亡当時は香港に居住していたことになるが、そうだとすると、右記載は、本件仲裁判断書の申立人代理人主張の要旨中の、碧は吉林省広州市第一病院に於いて死亡した旨の記載及び相手方代理人の主張要旨中の申立人の主張事実は認める旨の記載とは異なつている。

内政部長文書及び戸籍謄本訳文には、以上のような疑問点が存在し、結局、國章が碧らの養子となつた年月日、また、碧が死亡した場所、年月日さえも明らかではなく、國章が碧らの養子であることについての証明書としては証明力が乏しいということになる。

そのうえ、<証拠>によれば、申立人趙碧とする東京家庭裁判所昭和五〇年(家ロ)第八五号不在者の財産管理に関する処分取消申立事件につき、同五九年九月七日、碧及びその実子が生存しており、碧が同人の財産を管理することができる状態にあることを理由として、同裁判所が同四八年七月一九日不在者碧の財産管理人を選任した処分を取り消す旨の審判がなされていることが認められる。

そうすると、内政部長文書及び戸籍謄本訳文に記載の碧が死亡している旨の事実は信憑性に欠けるものということができ、右文書をもつて、國章が被相続人碧の相続を証する登記法四二条所定の相続証明文書とは認めることができないものといわざるを得ない。

3  本件認証書(甲第七号証の二)について

本件認証書は、台湾台北地方裁判所公証役場の公証人作成の公証文書の写し(以下「公証文書」という。)とその訳文と思料される文書の写し部分(以下「公証文書訳文」という。)から成つているところ、公証文書はその方式及び趣旨からも公証人が作成した文書であり、しかもその原本の存在も推認されるが、公証文書訳文は作成名義人も不明であるのみならず、その全文が公証文書と一致していないことが明らかであるから、真正に成立したものであるとは認めることができない。そして、公証文書には、公証人が、提出された中華民国国籍証明書及び戸籍謄本から、國章が同証明書等記載の本人であり、同人によつて訴訟委任状に署名、捺印されたものであることを証明する旨記載されているに過ぎないことが認められるから、本件認証書は碧の相続の開始又は國章による碧の相続を証するものでないことは明らかであるから、相続証明文書に該当しないものといわざるを得ない。

4  本件印鑑証明書(甲第七号証の三)について

本件印鑑証明書は、その方式及び趣旨から中華民国官憲の作成した國章の印鑑証明書の写しであることが明らかであるが、同書面は右印鑑の証明書に過ぎず、碧の相続の開始又は國章による碧の相続を証するものではないから、相続証明文書に該当しないことは明らかである。

5  本件身分証明書(甲第七号証の四)について

本件身分証明書は、その方式及び趣旨により中華民国の僑務委員会(法八条参照)が國章につき、華僑の身分を有するものである旨証明した文書の写しであることが認められるに過ぎず、それ以上に碧の相続の開始又は國章による碧の相続を証する記載はないから、同文書をもつて、右相続証明文書と認めることはできない。

6  本件国籍証明書(甲第七号証の六)について

本件国籍証明書は、その方式及び趣旨により中華民国官憲の職務上作成した國章が中華民国の国籍を有することを証明した文書の写しであることが明らかであるが、同証明書はそれ以上に何らの証明をしていないことがその記載自体から明らかであるから、同証明書をもつて、碧の相続の開始又は國章による碧の相続を証する証明文書とは認めることができない。

その他に、原告が、本件登記申請に際し、右相続証明文書と認めるに足りる書面を提出したことを認めるに足りる証拠はない(なお、中華民国七二年二月九日付戸籍謄本(甲第八号証)は、本件登記申請の際に提出されていないことは、交付年月日から明らかである。)。

7  以上によると、原告は本件登記申請に際し、被相続人の碧が死亡したこと及び國章がその唯一の相続人であることを証するに足りる書面を被告に提出しなかつたものであるといわざるを得ないから、被告が登記法四九条八号の規定に基づき、相続証明文書の添付がないことを理由として、本件登記申請を却下した処分には、何ら違法はないものといわなければならない。

五よつて、原告の本訴請求は、その余の点については判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古館清吾 裁判官足立謙三 裁判官澁川滿は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官古館清吾)

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